BackStage
TJR


『ま、気にしてないだけさ、駅前ダンサーなんてそんなもんだよ。
 練習は毎日やりたいけど、場所ないし、場所あっても金無いし』
『肩身狭いのはどこも一緒だね』
『芸術ってのはそういうもんだろ』

 芸術。
 安美さんは、アートと言う一括りで俺達を考えている。
 ダンサーが役者と同じなのか、役者がダンサーと同じなのかはわからないが、少なくともアーティストであることに変わりはない。
 俺は、安美さんのそういう考え方が大好きだ。
『あいつら芸術が分かってねーんだ』
『生活が大変なんだろうね。芸術なんて、余裕がある人しか楽しめないんだから』
『いや違うぜ。芸術が発達するのは、大抵国が廃れてる時か、貧しい地域なんだ』
『そうなんだ?』
『ああ、歌舞伎役者は、河原乞食なんて呼ばれてたんだから』
『出雲阿国は売春婦だしな』
『マジで?』
『芸を売るってのはそういうことさ、自分しか売れるものがないんだから』
 
だからアーティストたちは魂を削る勢いで芸を磨く。人生を賭ける。
『宗教と芸術は人の絶望の上に成り立つらしいぜ』
『絶望的なときこそ、そういうのが必要なんだろうな』
『えー、そうなんだ。じゃあ今のこの国にはピッタリだね』
『ブラックだなー』
『いつだってピッタリさ、人間生きてりゃ必ず絶望する。そっから立ち直るきっかけにでもなれたら、冥利に尽きるってヤツだよな』
『…………』

 芸術は、衣食住とは真逆の存在だ。正直、生きていく上で全く必要のない部分だ。
 全く役に立たないものだけれど……時として、人の一生を変えてしまうくらいの影響力を持っている。
『……安美さん』
『なに?』
『舞台やりませんか?』

・久瀬安美、中島梶雄、葛城光明


『……何かあるなら、教えてくださいよ、先輩』
『……』
『先輩は、いつだって正しいです。だから、教えてください。僕が、何をすれば良いのか』
『……コーメイは、とてもよくやっていると思う』
『本当に?』
『本当に』
『酷い出来です、物凄く。こんな酷い現場、見たことがない。
 そりゃ、俺なんかトラばっかりだし、一流の現場なんて見たことないんだろうけど……それにしたって、酷すぎる。けど、俺にとっちゃこれが全てなんです』
『……コーメイ』
『これに賭けてるんですよ、マジで……』
『……』
『……』
『以前、言ったことがある』
『はい』
『芝居は、皆で心中するしかない』
『……』
『それが嫌なら、やはり、皆で何とかしなければならない』
『何とも出来ませんよ、このままじゃ』
『それでも、あなたはあなたが思ったことをやるべき』
『思ったことは先輩に言ってます』
『言うんじゃない、やるの』
『何を?』
『それはあなたが考えなさい。私も、私がやるべきことを考えている』
『……』
『あなたが本当にやらなければならないことは、私には教えられない』
『……』

 先輩なら。そう言うと思っていた。
 助けてはくれないに違いないという。変な信頼があった。
『これだけは言っておく』
『……』
『私は、あなたが本気であることを、疑ったことなどない』

・葛城光明、水鏡京香



 開口一番、演出家は言った。
『駄目出しはありません。今回は、この程度でしょう』
 キレた。開始何秒かでもうキレた。何もかもがどうでも良くなるくらい、キレた。自分がガキだとか、先輩が悪いわけじゃないとか、知ったこっちゃなかった。
『何もしなかったじゃないか!』
 驚いて皆が振り返るのが見えた。無視した。
『僕は先輩を信じた!皆だって演出家を信じていたのに!あなたは何もしなかった!』
『稽古場で稽古を見て、演出をつけるのが私の仕事です』
『当たり前のことだけじゃないですか!』
『当たり前のことをして、当たり前でしょう』
『レベルも何もかもバラバラのメンバーなんだから、いきなり同ラインから始められるわけなかったでしょう!先輩に分からないはずが無い!!』

 そうだ。そうだそうだ、ずっとこれが言いたかったんだ。俺が一番言いたかった相手は、こいつだったんだ。いつもいつも偉そうに、誰よりも偉そうにしておいてその様か。
 信じていたのに。信じたかったのに。信じようとしていたのに。
『なるほど』
 演出家は静かに頷いた。そして、言った。
『では一つ個人的に聞いておきたいのだけど、あなたのレベルはどの程度?高いのか低いのか』
 必殺の一言。完全に俺の口は封じられた。分かっていたよ、勝てるわけ無いって。
 でも、これだけは言わなきゃいけなかったんだ……絶対に……あ、やばい……ヤバイ、違う……違う。
 ……俺は。俺はどの程度だ?
 ……逆だったんだ。この人は……この人は、ずっと……ずっと、俺に、これを言いたかったのか。
『……』
 息を吸い込み、飲み込む。腹式呼吸が出来ていないから喉が渇く。
 ああ、すみません、僕が悪かったです。くそ。そんなこと素直に言えるなら、俺はこんなところで燻ってやしないんだろうか。もう駄目だ。僕は駄目だったんだ。
『いや、高いだろ』
 …………
『……』
 相変わらず。あっさりと空気を変えてくれる。
 それがこの人の魅力であり、武器。変化し続けることで表現するアーティスト。
『……経験豊富な分、うるさいのよね』
 この人はいつもこんな感じだ。ストレートに、声に感情がのる。言葉と声のスペシャリスト。
『おかげで助かりました』
 いや本当かそれ。今この瞬間でも突っ込んでしまいそうになる、それが許されてしまうキャラクター。タレントとは、能力という意味だ。
『わ、私はっ……本当に、今回、至らないことばかりでっ!でもっ!諸橋先輩からたくさんの助言をいただけてっ、あの、その……』
 そこでテンパんなよ。
 彼女の武器は未熟さだ。真っ直ぐな不器用さと、仕事に忠実で誠実な、純粋な気持ち。表現が下手でもそれは伝わる。
『そりゃミッチーだもんね』
 いやそれよくわかんねーって、カジー、どういう意味。
 先輩だぜ?ずっと長く一緒にいるんだぜ?
 でも。それでも、先輩も知らない俺の部分を、カジーは知っているんだよな。
『……僕は』
 いやもうお前ら、一人一人言うなって、俺一々突っ込んでられないよ。
 だから、勝手に喋るよ。
『何も出来てません』
 だからとりあえず、言うよ。言いたいことを言うよ。
『俺は、何も出来てませんでした』
 言わなきゃいけないことを、言うよ。
『皆さん、すみませんでした』
 気が付くと、皆、仲間だったのに。バラバラにしていたのは、俺だった。俺はお前らとは違うと、ずっと、思っていた。俺は、皆を、下にしたかったんだ。
 プロに嫉妬して。荒廃に先輩風を吹かして。素人を見下して。
 皆は、俺を仲間だと思っているのに、俺だけが、認めなかった。まとめるつもりで、一人だけ外にいたかったんだ。
『……皆さん、僕は……この通り、駄目なリーダーではありますが』
 今度からは、いつも通りに。言いたいことを言う。
『今後、僕は皆と一つになって、もっと色んな意見を交わして、より良い作品にしていきたいと思います』
 あー……気持ち良い。
『役者しかやってこなかったため、至らない点も多々あると思いますが、どうか皆さん、力を貸してください』
 言いたいこと言うのって、本当に、すっきりする。
・水鏡京香、葛城光明、久瀬安美、二ノ宮アリス、上山ゆとり、水鏡沙織、中島梶雄
・間違いを認め、謝ること。簡単そうで難しいこと。
 主人公の苛立ちは理解出来るものではありましたけど、これが無かったらかなりダメなキャラとして終わってたでしょうねー。



『ところで、ユー』
『……はい?』
『良い顔になったネ』
『え……』
『ソソるヨー』
『誰か!』
『ジョーク、ジョークネ』

 本当か?本当だな?頼むぞ?
『でも良い顔になったのは本当ヨ。何か一つ、見つけたようネ』
 ああ、この人にもばれてたのか。奇人変人でも、やはり一流のアーティストなんだな。
『ええと……はい、これまでは本当に、醜態を晒してました』
『メイクファンシ、誰だってそうやって見つけるネ』
『まだ何かが見つかったって程じゃないんですけど。でも、もっと大きな目で見ようって、思いました。あんまり小さなことばっかり囚われてると、色々見失いそうで』
『フフン』

 意味ありげな笑い。まーこの人そんなんばっかだけど。
『小さなことも、大事ヨー?』
『まあ、それは、そうですが』
『ただカッコヨクなりたいだけでも、目標には十分ヨ』
『……』
『一騎当千……ただその言葉に憧れて、どこまでも鍛え続ける男がいた。子供の夢が生涯の目標になるのは、不思議なことではない』
『……』
『……大きな目標、小さな夢、同じこと……忘れちゃ駄目ネ』
『……はい』

・ミスターシン、葛城光明











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